【映画レビュー】大長編ドラえもん(1~5作目)

休日にドラえもんを。

微妙に暇を持て余す休日、ってありますよね。

どこかに出掛けるほどの余裕もなく、家で寝ているには惜しい。

そんな微妙な余暇の潰し方のひとつとして、映画鑑賞という趣味があると思います。

最近はアマゾンプライムの会員特典として映画が見れたりもするので、暇な時間は適当に映画を流し見していたりしています。(アマゾンの回し者じゃないけど、アマゾンプライム本当に良いですね)

そのプライム会員が見れる映画の中に、ドラえもん映画があります。子供の頃に何回も見た記憶はありますが、詳細にはあまり覚えていません。なので1作目から流し見して、せっかくなので感想でも垂れ流そうかと思います。

……というのが前段でございました。あらすじはWikiに任せ、簡単に感想でも書いていきます。

※あらすじ引用や感想を書いているのでネタバレ含みます。

第1作「のび太の恐竜

ティラノサウルスの爪の化石を自慢するスネ夫に対抗し、のび太は「恐竜の化石を一匹分丸ごと見つけてみせる!」と、突拍子もない宣言をしてしまう。
その後、偶然にも首長竜の卵の化石を発掘したのび太は、タイムふろしきを使って卵を化石になる前の状態に戻し、孵化させる。のび太は孵化した首長竜の子供をピー助と名づけて可愛がり、ピー助ものび太を慕って育つ。だが成長するにつれてピー助を匿うのが困難になってくる。ピー助の本当の幸せを願い、のび太はタイムマシンで白亜紀の世界へ帰してやる(ここまでが短編作品のあらすじ)。
しかしその後、ピー助を白亜紀へ連れ帰ったときに恐竜ハンターの攻撃を受けたことによりタイムマシンの空間移動機能が故障しており(時間移動機能はダメージを受けておらず、作動する)、ピー助を本来の棲息地である日本近海ではなく、北アメリカ(エラスモサウルスの生息域)へ置いて来てしまったことが判明する。ドラえもんとのび太はタイムマシンで再びピー助のもとへ行こうとするが、ジャイアン・スネ夫・しずかが無理やり同乗して定員オーバーで暴走した[10]ためにタイムマシンの空間移動機能が完全に壊れてしまい、日本の、正確にいえば1億年後にのび太の机が置かれることになる場所にタイムマシンを置かない限り元の時代へ戻れなくなってしまう。さらに未来から来た恐竜ハンターがピー助をつけ狙う。ピー助を元の住処へ戻すべく、そして無事に20世紀に帰るべく、白亜紀を舞台にのび太達の冒険が始まる。(wikipediaより引用)

記念すべき劇場版第1作目。

タイムマシンで白亜紀へ返す前は近所の公園で飼っていますが、実際にはとても無理じゃないかな……? 公園の湖は相当に大きそうには見えますが、そりゃあ騒ぎにもなりますよ。夜に抜け出して、のび太の家まで歩いてきたし。

この映画、第1作目ながら、未来からの悪者とタイムパトロールという「お約束」が盛り込まれています。そういう意味では、「日本誕生」と大筋のプロットは同じなのかもしれません。

ところで、この映画で一番怖いのは、未来の悪役や道中の恐竜ではなく、最初に着いた場所にいた首長竜(エラスモサウルス)です。目は怪しく輝き、まるで「魔界大冒険」の魔界に出てきそうな風貌。どの恐竜よりも印象に残る怖さでした。

第2作「のび太の宇宙開拓史

宇宙の惑星・コーヤコーヤ星の少年・ロップルの超空間での事故により、ずっとロップル達の夢を見ていたのび太に引き寄せられてのび太の部屋の畳とロップルの宇宙船の倉庫の扉とが繋がった。コーヤコーヤを第2の遊び場としたのび太は、ロップルやチャミーと共に楽しい日々を過ごす。
しかし、コーヤコーヤを含めた小宇宙の各星に鉱脈をはる鉱石・“ガルタイト”の独占を企む大企業・ガルタイト鉱業は、まだコーヤコーヤ星に移住し始めたばかりの開拓住民達を、採掘の邪魔になると追い出そうとしていた。その所為でロップルらはガルタイト鉱業の攻撃の標的となってしまい、日々執拗な脅迫や嫌がらせの中、生活していたのだ。それを知ったのび太らはロップル達の生活を守ろうと、ガルタイト鉱業に戦いを挑む。(Wikipediaより)

いやー、ギラーミンもっと強かった記憶があったんですけどね。意外とあっさり勝負がついていて、なんだか拍子抜け。

このあたりから早速、映画特有の「社会派」ドラえもんっぽくなってます。敵の親玉が「世界征服を企む~」とかではなく「大企業のボス」というのが素敵。ただの子供向け映画ってだけじゃないのが、映画ドラえもんの面白いところです。

第3作「のび太の大魔境

春休み。胸躍るような大冒険を求めて、のび太たちは偶然拾った野良犬・ペコを引き連れ、謎の巨神像があるというヘビー・スモーカーズ・フォレストへやって来た。ひみつ道具が少ない中で数々の危機を潜り抜けた末に彼らが辿り着いたのは進化した犬の国・バウワンコ王国。そしてペコはその国の王子・クンタックだった。
しかし、王国はダブランダー大臣に支配され、禁断の古代兵器を用いての外界侵略が始まろうとしていた。クンタックと一緒にいた、ドラえもんたちはおたずね者(ニセ王子とサル4匹とタヌキ1匹)として指名手配され、似顔絵が貼り出されてしまう。
クンタックの亡き父王の親衛隊長・ブルススによれば、王家には「王国が危機に陥った時、10人の外国人が巨神像の力をもって国を救う」という言い伝えがあるという。外国人はのび太たち5人しかいないものの、一同はこの危機を打開するため、巨神像の所に向かう。(Wikipediaより)

喋る動物シリーズ。にしても、ペコが日本語堪能な理由が「船の中で覚えた」っていうのもすごい。もしかしてこの種族、人間よりも賢いんじゃないでしょうか。

この映画、ジャイアンがとても格好いいです。大長編のジャイアンはどれも格好いいんですが、この映画では特に「自分の行動に責任を持つ」男らしさが現れています。

また、映画での出来杉君の役回りもこの辺りから確立されていく感じ。序盤で解説役として出て、冒険には一緒に行かないという。仲が悪いわけではないんでしょうけどね。「結婚前夜」では一緒に飲んでたし。

第4作「のび太の海底鬼岩城

夏休み、大西洋で金塊を積んでいた沈没船発見のニュースが流れる中、物語はのび太としずかが山へ、ジャイアンとスネ夫が海へキャンプに行きたいと議論するところから始まる[1]。結局海に行きながら山に登ろうじゃないかというドラえもんの提案で海底山へ行くこととなる。海底山キャンプに出かけたドラえもんたちは、そこで海底人のエルたちに出会った。
そしてドラえもんたちは、海底火山の活動の影響で、数千年前に滅亡した海底国家アトランティスに残された自動報復装置ポセイドンが活動を再開したことを知る。ポセイドンによって鬼角弾が発射されれば海底ばかりか全地球上に甚大な被害が及び全ての生物が死に絶えてしまうという。
ドラえもんたちは鬼角弾の発射を阻止するため、アトランティスのあるバミューダ海域へ向かう。(Wikipediaより)

前作に続き、地球上の秘境を探検するのび太一行。前作がジャングルの奥深く、今回は海底。21世紀になっても未だ秘境とされている場所を舞台にしているので、どこか現実感があってとても好きです。

とても印象に残るバギーを演じるのは、かの声優:三ツ矢雄二。初期のドラえもん映画ではロボ役担当として、バギー以外にもタイムマシンの声を演じています。

そういえばこの作品も「社会派ドラえもん」ですね。発表された当時の世界情勢を考えると、明らかに冷戦や核武装のことを主題としていることが分かります。子供には分からないと思いますが、ある程度の年齢ならむしろ分かりやすいくらいの主張です。なんとなくターミネーターを思い出すようなその設定は、大人になった今だといろいろなことを考えさせられます。奥深い作品。

第5作「のび太の魔界大冒険

最近、のび太は何かとぼんやり空想に耽っている。それは魔法の世界に憧れていたからで、それを静香とドラえもんに打ち明ける。2人はまるで本気にしないが、のび太はその夢を諦めきれない。そんなのび太はふと、ドラえもんのひみつ道具「もしもボックス」で、魔法の世界を実現させることにした。
しかし、そのもしもボックスで実現した「魔法の世界」は、のび太が期待していたような、魔法で何でも解決できる世界とは程遠く、魔法を学ぶために学校に通わねばならず、魔法の絨毯に乗るには難しい免許と高額の絨毯が必要となるような、いわば文明の礎が科学から魔法にそっくりそのまま摺り替わっただけの代物だった。結局、現実世界と変わらずこっちの世界でも落ちこぼれてしまったのび太は、すっかり落胆する。
だが、この世界でもジャイアンやスネ夫に馬鹿にされると、せめて簡単な魔法の1つでも覚えてから元の世界に戻そうと意気込む。ドラえもんもそんなのび太の心意気を買って必死に応援するがその矢先に地震が2人、そしてちょうど彼らの元を訪ねていた静香を襲った。静香によれば頻発する地震は魔界接近説という、ある魔学博士の仮説と関係しているというのだ。(Wikipediaより)

個人的にドラえもん映画の中で1,2を争うほど好きな作品。世間人気も高いらしく、Wikipediaのあらすじが他作品の2倍以上ありました(なので前半でカットしています)。

何が素晴らしいかって、魔法世界の不気味さ、そしてリアルさですよ。魔法が存在する世界でも努力は必要で、のび太は相変わらず落ちこぼれのまま。魔法の絨毯は高級品で、免許が必要。結局今の科学世界に存在する機械製品がそのまま魔法製品に置き換わっただけのような、不気味なリアル感。

そのリアルを感じる中で唐突に出てくる悪魔、そして美夜子。満月博士の魔界接近説、そして魔王の存在。一転して「魔法の世界」にやってきたという雰囲気が、非現実的な世界へ一気にのめり込ませてくれます。魔界の描き方も秀逸で、怖いながらも心惹かれるデザイン。特にふわっとした魔界の色使いが印象に残ります。

ストーリーもドラえもん映画にしては珍しく、伏線を使ってよく練られています。それがまた魔法世界の不気味さを演出して、この世界の異常さを表現しています。

そうえいば今回も出来杉君はいつもの役回り。「現代では魔法は存在しない」ということを、分かりやすくのび太に説明しています。とても小学生とは思えないぜ。

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